「何事じゃ、ギルマス。騒々しい」
「すみません、伯爵。でもこれ」
伯爵? 伯爵って、あの伯爵の事だよね。
って事はもしかしてロルフさんって、貴族様だったの!?
突然の事にびっくりしてロルフさんの方を見ると、小さく首を振りながらあきれたような顔をしてたんだ。
「これギルドマスター。そのあだ名で呼ぶでないと何度も言っておるじゃろう。普段からそのようなたわごとを口にしておるから、このように慌てた時につい口を衝いて出てしまうのじゃ」
「あっ! すみません、ロルフさん」
ロルフさんに言われて、慌てて謝るバーリマンさん。
なんだ、伯爵ってロルフさんのあだ名だったんだね。
でも、伯爵勝って貴族様の中でも位が高い方じゃなかったっけ? そんなのをあだ名にして、怒られないのかなぁ。
「ところでギルマスよ、何をそんなに慌てておったのじゃ?」
「ああ、そうだ。ロルフさん、これ、とんでもないポーションですよ」
とんでもない? それって僕が持ってきたお肌つるつるポーションと髪の毛つやつやポーションの事?
でも何がとんでもないんだろう? どっちも普通に作れるポーションなのに。
そう思って聞いてたら、バーリマンさんが僕の向かってこう聞いてきたんだ。
「これを作ったのは、ルディーン君なのよね? ねぇ、これは一体何?」
「えっと、これは肌や髪の毛を綺麗にするポーションだよ。さっきも言ったじゃないか」
「いやそうじゃなくて……。 と言うか、これって一体幾つの薬効に魔力を注いで作ってるの?」
「いくつ?」
えっと、薬効って言うのは多分ポーションの材料に含まれている薬草の成分の事だよね?
そう言えばどれくらいだっけ? この頃は慣れちゃって普通に作れたから忘れちゃったけど確か。
「お肌つるつるポーションが10種類くらいで、髪の毛つやつやポーションがそれより4つ? いや5つだったかな? それくらい多かったはずだよ」
「「っ!?」」
僕がそう答えるとバーリマンさんだけじゃなく、ロルフさんまでびっくりした顔になっちゃったんだ。
う〜ん、どうしてだろう? いろんな成分に魔力を注ぐのって、そんなに難しい事なのかなぁ?
でも、つい最近錬金術を始めたばっかりの僕でもできたくらいなんだから、そこまで難しい事だなんて思えないんだけど。
「じゅっ……、そんな」
「うむ、それはまた……凄いのぉ」
あれ? なんか変だぞ。
もしかして普通じゃないのかなぁ。
「ねえねえ、ロルフさん。10個以上に魔力を込めるのは変なことなの?」
「変と言うか、あまり聞いた事が無い話じゃのぉ」
そっか、やっぱりそんなにいっぱい魔力を込めるのは変なのか。
ならどれくらいなら普通なんだろう?
「ロルフさん、あまり聞いたことが無い所の話では無いでしょう。いい、ルディーン君。前にここに来た時に作ったそうだから解ると思うけど、、下級ポーションを作る時は一つの薬効にしか魔力を注がないでしょ? それと同じように、中級ポーションなら二つ以上の薬草の成分を、上級や特級でも最高で5つの薬草から取れる薬効にしか魔力を注がないのよ。なのにこのポーションは10種類以上の薬効に魔力が、それもきちんと成立するように量が調整されて注がれているわ。こんなこと、普通はできないのよ」
なんとびっくり、バーリマンさんは僕が特級ポーションを作るより、もっと凄い事をやったって思ってるみたいだ。
でもさぁ、確かに髪の毛つやつやポーションは卵と蜂蜜が入ってるから材料は3つだけど、お肌つるつるポーションの方はセリアナの実一つしか使って無いんだよね。
だから最高で薬草を5種類も使うことがある特級ポーションのほうが、絶対に作るのが大変だと思うんだ。
「でもでも、僕がこのお肌つるつるポーションを作るのに使ったのはひとつの材料だけだよ? なら誰でも作れるんじゃないの?」
「これは一つの素材から作られておるのか? ふむ、そんなにも多くの薬効が含まれておる物が存在するとは……。いや、すまん、話がそれたな。よいかルディーン君、よく聞きなさい」
「うん」
ロルフさんはちょっと感心したような顔をして何か呟いた後、僕の方に目を向けた。
で、口調からするとどうやら何がどうなっているのか説明をしてくれるみたいだから、僕はそんなロルフさんの話をちゃんと聞く事にしたんだ。
「植物というものはな、どんなものでも色々な物が含まれておるんじゃ。しかし、その多くが薬としての成分ではないのじゃよ。だから普通はその植物に含まれておるポーションに向いた成分にだけ魔力を注ぐのじゃが、しかし今回ルディーン君がここに持ち込んだポーションに使われた物にはどうやら色々な薬効があったのじゃのう。だからそれを見たルディーン君は、その全てに魔力を注ごうと考えたのでは無いか?」
「うん、そうだよ。調べたら色んなのが入ってて、それにみんな魔力を注げばこういうポーションが作れるって思ったから一つ一つに時間を掛けて慎重に魔力をを注いだんだ」
なんだ、ロルフさんも解ってたんじゃないか。
でも、なら何故あんなに驚いたんだろう?
「ふむ、やはりそうか。そしてその顔からすると、当たり前な事をしたはずなのにおかしいと思われているのは何故か解らないといった所かのぉ」
「うん、そうだよ。だって色んなのが入ってて、それを全部使えばいいお薬が作れるんだから、そうするのは当たり前じゃないか」
「それがな、当たり前でも無いんじゃよ」
ロルフさんはそう言うと、長いお髭をひとなでしてからバーリマンさんの方に目を向ける。
そしたら今度はバーリマンさんが、その後の話を引き継いだんだ。
「普通はね、ルディーン君。いくら多くの成分が入っていたからと言っても、錬金術師の解析ではそれほど多くの成分を同時に見る事ができないの。だから熟練した者でも4つから5つくらいしか薬効成分に魔力を注ぐ事ができないわ。解る? ルディーン君がやった10種類以上の薬効に魔力を注ぐと言う行為は、錬金術の技術だけではできない事なのよ」
「えっ!? って事は、僕がやってることって、錬金術じゃないの?」
「いえ、確かに錬金術よ。だって薬の成分に魔力を注いでポーションを作り出しているんですもの。ただそれが私たち錬金術師の技能だけではできないと言うだけ」
そう言うと、今度はバーリマンさんがロルフさんに目を向けた。
その顔には、まるで理由を知っているなら説明をして欲しいって書いてあるようだった。
「まぁ、ギルドマスターなら他人に触れ回る事も無いか。ルディーン君、君のスキルの事をこのギルドマスターに教えてもよいかな?」
「僕のスキル?」
「うむ。君が持つ、解析の上位スキルの事じゃよ」
解析の上位スキルって、鑑定解析の事だよね?
「うん、いいけど。でもちゃんと僕が悪者じゃないって言ってね」
「うむ、解っておる。と言うかルディーン君が悪人だなどと、ギルドマスターはけして思わぬよ」
そう言うとロルフさんはバーリマンさんに伝えたんだ。
「実はな、ルディーン君は鑑定解析が使えるんじゃ」
「鑑定解析!? それって秘匿スキルじゃないですか!」
「うむ、じゃがのぉ。どうやらルディーン君は、自力でそのスキルに辿り着いたようなんじゃ。いやいや、子供の探究心には恐れ入るのぉ」
そう言ってカッカッカと笑うロルフさん。
そんなロルフさんにバーリマンさんは笑い事じゃありませんと言いながらも、なんか納得したような顔をしたんだよね。
「なるほど。鑑定解析が使えるのなら錬金術の解析より深く魔力制御ができるわよね。ならばこのポーションを作り出してもおかしくは無いわ」
「そうじゃろう、そうじゃろう。つまりこのポーションは鑑定解析が使える錬金術師しか作り出せない代物ってわけじゃ」
「それは……かなり作れる者が限られますね」
「うむ。特許を登録するとしても、名前の欄は非公開にせねばのぉ。ルディーン君の名を記載すれば、彼に迷惑がかかるのは火を見るより明らかじゃ」
なんか話が大事になってる気がする。
でも……でもさぁ、秘匿スキルって言っても持ってる人は居るんだろうし、そこまでの事でも無いと思うんだよね。
だって錬金術は魔力制御の練習に使われてるんだから、覚えるのもそんなに大変じゃないだろうし。
ところが。
「ええ、そうですね。ただこのポーションにはもう一つ問題がありまして」
「ん? まだ何かあるのか、ギルドマスター?」
「ええ。このポーションに注がれている魔力なんですが、どうやら治癒の力が込められているようなのです」
「なに? じゃが、ルディーン君は魔法使いと言う話ではなかったか?」
二人の視線が一斉に僕の方を向く。
「ルディーン君。前に来た時、君はマジックミサイルで獲物を狩っていると言っておったな」
「うん、そうだよ。だって僕、弓より魔法のほうが得意だもん」
「うむ。ならばやはりルディーン君のジョブは魔法使いと言う事になるのぉ。ギルマスよ、何かの間違いではないのか?」
「いえ、確かに治癒の魔力が注がれています。ロルフさんも解析は使えるのですから、ご自分でも確かめてみればいいでしょう?」
「そう言えばそうか」
そう言うとロルフさんは、目の前の小さな壷の蓋をあけて、中身を凝視する。
多分解析を使ったんだろうね。
「なるほど、確かに治癒の魔力が含まれておるのぉ」
だってこんな事言ってるもん。
でも、どうやらそれが不思議だったみたいで、バーリマンさんと2人して首をひねり出したんだ。
「えっと、すみません」
そんな時、話しに混じる事ができずにずっと黙っていたお父さんがロルフさんに声をかけた。
そして不思議そうな顔をしながらこう聞いたんだ。
「ルディーンは攻撃魔法も治癒魔法も両方使えますよ。先日も冒険者ギルドの方が驚かれていたようなんですが、どっちも同じ魔法ですよね。それって普通のことじゃないんですか?」
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